前書き:この物語があなたに届けたいもの
「医師が言うなら間違いない」「有名大学の教授が推奨している」「あの人が使っているなら安心だ」——
これらは“権威”による影響です。
人は、自分より知識や地位があるとされる人間の言葉を、深く考えずに受け入れてしまう傾向があります。これは、情報が溢れる現代において「判断を素早く行うための心理的ショートカット」でもあります。
今回の物語では、渡辺が**「権威のある人物の言葉」によって思考停止に陥り、店と顧客を危機に晒してしまう**一連の出来事を描きます。
「信頼していたから」「実績があるから」という理由で、どこまで人は判断を委ねてよいのか——
その“影”の深さを、あなたも一緒に考えてみてください。
本編:第六話「権威の影」
「君が、渡辺くんか。羽田から話は聞いているよ」
その男は、パリッとしたスーツに身を包み、落ち着いた声でそう言った。
名刺には、こう記されていた。
立花 恒彦
N-BASEホールディングス 店舗改善アドバイザー/元外資系コンサルティングファーム パートナー
「立花さんは、全社改革プロジェクトの顧問だ。今後は店舗オペレーションも彼の方針に従ってもらう」
そう告げたのは、羽田だった。
渡辺は緊張しながらも、その実績に胸を躍らせた。
何しろ、海外有名ブランドの立て直しをいくつも手がけたという人物だ。
「この人の言う通りにすれば、赤坂店もさらに飛躍できる」と思った。
立花は言った。
「君の店、動線が良くないね。導線で買い上げ率が3割は変わるよ」
「ディスプレイの高さ、全部統一しよう。視線の分散は購買の敵だ」
「あと、“体験型コーナー”を廃止して、もっと“整った棚”を意識しよう。プロっぽくね」
渡辺は、すぐにスタッフを集めて実行に移した。
実績ある立花が言うのだから、間違いない——その一点で進めた。
しかし、その変化は徐々に店舗の空気を変えていった。
常連客が口にした。
「なんだか、味気なくなっちゃったね」
「この店って、もっと遊び心があった気がしたんだけどなぁ」
売上にも微妙な陰りが見えはじめた。
それでも渡辺は、口をつぐんだ。
立花の言葉を否定するのは、まるで**“自分が無知である”と証明する行為**のように思えた。
ある日、遅番の美咲がぽつりとこぼした。
「前の売場、好きだったな……お客さんと話せる時間がもっとあったし」
渡辺は思わず反応した。
「でも……立花さんが言ってたよな。整然とした売場こそが、プロの証って……」
そのとき、美咲の視線が、ふっと冷めたように見えた。
「じゃあ、プロって、お客さんの顔が見えなくてもいいんですか?」
渡辺は、言葉を失った。
その夜、羽田から久々に電話が入った。
「立花の改善案、どうだ?」
「……正直、売上は微減です。お客さんの反応も芳しくなくて」
「それで、君はどう感じてる?」
「……自分の感覚が間違ってるんじゃないかって、思いました。あの人の言葉を否定するのが、怖くて」
羽田の声は、静かだった。
「“権威”は、正しい判断を助けてくれる。けれど、“判断を放棄する理由”にはならないよ」
「……はい」
「君が現場で得た感覚、目にした反応、耳にした言葉。それを無視してまで誰かの言葉を信じたなら——その時点で、“店の責任者”じゃない」
翌日、渡辺は一つの決断をした。
“立花式レイアウト”を一部だけ残し、**一角を再び「お客と対話できる体験型スペース」**に戻したのだ。
棚は少し雑多だったが、手書きのPOPやスタッフの小話が並ぶその一角に、再び人が集まりはじめた。
笑い声と、「ありがとう、これにしてよかった」という声が戻ってきた。
立花は特に反応しなかった。
むしろ、何も言わずに視察だけを終えたという。
ただ、美咲がつぶやいた。
「やっぱり、うちの店って、こういう感じが似合う気がしますね」
渡辺は、静かにうなずいた。
「誰の言葉でもなく、自分でそう思えたなら、それが一番正しいんだよ」
【学びのまとめ】——「権威」
-
人は、自分よりも立場が上・専門知識があると思われる人の言葉を、無批判に信じてしまいやすい。
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権威のある人の意見は、参考にすべきだが、盲信してはいけない。
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自分の目・耳・感覚で得た情報や経験と照らし合わせ、思考停止に陥らないことが重要。
【行動チェックリスト】
チェック項目 | 状況 |
---|---|
[ ] 権威ある人物の意見を、無条件に受け入れていないか? | □ |
[ ] 自分の経験・現場の声・直感を無視していないか? | □ |
[ ] 「〇〇が言っていたから」だけで意思決定していないか? | □ |
[ ] 一度立ち止まって、「自分の目で見た事実」と向き合っているか? | □ |
次回予告:第7話「誘導された正義」
信念と行動がズレていると、人はそれを埋めようとする。
“返報性”と“一貫性”の心理が交錯するなか、渡辺は新たな選択を迫られる。
果たしてその“正義”は、自分のためか、それとも他人のためか?
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