🔹前書き:この物語があなたに届けたいもの
あなたはこれまでに、**“周りに流されて決めた経験”**はありませんか?
レストランの長蛇の列、SNSで話題の商品、満席の講演会……
「みんなが選んでいるから正しい」と思い込んだその瞬間、あなたの選択は操られているのかもしれません。
この連載シリーズ「インフルエンス ―仕掛けられた選択―」では、
ロバート・B・チャルディーニの名著『影響力の武器』で紹介された6つの心理原則を、
リアルなビジネスストーリーを通して学んでいきます。
第2話のテーマは【社会的証明】——
“人の判断”に寄りかかる心理、その背後にある仕組みを見抜けますか?
第2話:行列の向こう側
静かに伸びる行列
「なあ、またあのラーメン屋の前、行列だよ」
営業三課の佐久間が窓の外を眺めながらため息をついた。渡辺もパソコンの画面から目を離し、窓際に近づいた。
ビルの向かいにある新店舗『麺皇』には、この数日で連日人が並ぶようになっていた。オープン初日は閑散としていたが、SNSの投稿ひとつで状況が変わったらしい。
「SNSって怖いよな。あの行列見たらさ、どんな味か知らなくても並びたくなる」佐久間が笑いながら言った。
「たしかに。俺、昨日並んじゃったよ……」と渡辺は苦笑いを浮かべながら答えた。「正直、味はそこそこだったけど、並んでる人たちが期待してるから美味しく感じる気がした」
「行列が、味を作ってるんだな」佐久間が言った。
その言葉が、渡辺の胸に引っかかった。
会議室に広がる空気
午後の会議で、営業本部長の高田が新たな販売支援システム『マルチピッカー』導入を提案した。
「導入実績はすでにA社、B社、C社など大手含めて多数です。市場でも評判がよく、今後の営業支援の主力になるでしょう」
会議室には静かなざわめきが広がった。プロジェクターに映し出された企業ロゴの数々が参加者の目を奪う。
「これ、使ってないのウチくらいじゃないか?」と別の課長がぼそりとつぶやく。
渡辺は配られた資料に目を通した。有名企業がずらりと並ぶ導入実績。しかし、導入後の具体的な成果や改善例はほとんど記載されていなかった。
それでも、会議の空気は「導入ありき」で進んでいく。
「他社が使ってるなら安心」「遅れを取るな」――誰もが心の中でそう唱えているようだった。
疑問の声
会議終了後、渡辺は思い切って高田を呼び止めた。
「本部長、導入実績は確かにすごいですが、成果の記録が見当たりません。比較データなどは……?」
高田は一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに笑顔を作った。
「渡辺君、分かるよ、慎重なのは良いことだ。でもね、大手が動いてるんだ。彼らが無駄な投資をすると思うか?」
「いや、それは……ただ、うちにとって本当に合っているのか、見極めが必要ではと……」
「皆が使ってる。これが一番の安心材料だよ。導入を疑う理由がない」
それは、まるで『麺皇』の行列と同じだった。誰かが並んでいるから、自分も安心して並ぶ。そこに“根拠”はない。
調査の夜
その晩、渡辺はひとり自席に残り、提案されたシステムの情報を調べ直した。
公式サイト、導入企業のニュースリリース、SNSの口コミ。
そのなかで気になる投稿を見つけた。
《マルチピッカー、うちは導入したけど全然使いこなせてない……営業のやり方に合ってない》
さらに深掘りしていくと、導入実績に名を連ねていた企業の一部は、システム会社と業務提携関係にあると知る。
しかも、その中には試験導入の段階で、「導入済み」としてリストアップされていた企業も含まれていた。
つまり――“行列”は演出されていた可能性がある。
真実の裏側
翌朝、渡辺は営業企画部の後輩・江藤に声をかけた。
「江藤くん、君の友人、確かB社の営業にいたよね。ちょっと聞いてみてくれないか。マルチピッカー、実際使えてるのかどうか」
午後、江藤が戻ってきた。
「聞いてみました。実は……ほとんど使ってないらしいです。使いづらくて、現場は結局エクセルで管理してるって」
渡辺は静かに息を吐いた。
『誰もが導入している』という“事実”が、どれほど中身のない幻想であるかを、肌で知った瞬間だった。
選択の意味
夕方、『麺皇』の前を通ったとき、渡辺はふと足を止めた。
行列の先頭に並んでいた若者たちのなかに、どこかで見た顔がある――。
数日前にも同じポジションで並んでいた人物だった。
(あれ……?もしかして……“並び屋”か?)
気になって帰宅後に検索してみると、「飲食店の行列演出を請け負うアルバイト」の存在が出てきた。
演出された“人気”が、本物の行列を呼び、SNSで拡散され、さらに新たな人を引き寄せる。
――それは、会社の会議室で見た風景とまったく同じだった。
「俺たちは、誰かが並んでいるからと安心して、自分の判断を放棄していたのかもしれない」
📘【学びのまとめ】——社会的証明とは
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「みんなが選んでいる=正しい」と思い込む心理作用
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人は自分の判断に自信が持てないとき、他者の行動を判断材料にする
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行列、レビュー数、導入実績は“証拠”ではなく“雰囲気”であることが多い
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大切なのは、「なぜ選ばれているのか」を自分の頭で考えること
✅【行動チェックリスト】
チェック項目 | 状況 |
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[ ] 「みんながやっているから」という理由で選んでいないか? | □ |
[ ] “人気”の裏にある根拠を調べたか? | □ |
[ ] 参考にする情報が“信頼できる”ものか、判断しているか? | □ |
[ ] 一時の空気感で、判断を委ねていないか? | □ |
🔜【次回予告】第3話「YESを引き出す罠」
営業の世界には、“小さなYES”から“大きなYES”へと誘導する手法が存在する。
頼みやすい依頼、断りづらい雰囲気、つい「はい」と言ってしまった後の落とし穴——
次回、渡辺が体験する“コミットメントと一貫性”の深い闇とは?
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